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どんな池田町が見えてますか〜池田暮らし1年目を迎える前に書き残すきゅんポイント〜

ここへ来て、もうすぐ1年になろうとしている。

こっちきてどれくらい?と聞かれて、

「11ヶ月です」と言うたびに、赤ちゃんみたいだなと思う。

それももう終わりだ。びっくりしてしまう。

 

最近、私はどっかに行ってしまうかもしれない人と思われてることを知った。

「まりこちゃんが東京へ行くたびに、戻ってこなかったらどしよって思うんやって」

「出て行きたいって思ってへんかなぁって気になってたわ」

「え?まだまだいるって??マジけ」

こんなことばを頂くのだ。気にかけてくれているだなんて涙。

その度に「心の底から来てよかったって思ってます、出て行こうという気持ちはないです」と答える。

来る前からここが好きだが、来て約1年経った今もそれは全く変わらない。むしろ深まっている。

 

今のわたしに見える、池田町の姿。池田町の魅力。書き残しておこうと思いました。

 

でも、はっきり言って、書ききれない!!言語化しきれない!!

それほど多いし、感覚に訴えてくるものもある。

 

ここでは、現 時 点 で 言語化できる

私が特に伝えたいと思う池田町の魅力を5つ。

のぞいていってもらえたら、嬉しいです。

 

玄関の向きの謎

家が並ぶ写真
玄関の向きがわかる写真がなさすぎた

来てすぐの頃抱いた疑問。

 

「なんで池田町の家って玄関の向きがばらばらなのか?」

あっちとこっちの家は西向き、道挟んで南向き....その隣は東向き....とにかく玄関の向きが様々なのだ。

 

家って日当たり的に何向きが良いとかあった気がするけど、だとしたら同じ方向を向くよな・・・?なんで同じ方向を向いてないのかしら・・・?

そんなことを考えていた。

 

あまりに疑問だったもんで、ある日米農家さんとしゃべってる時に聞いてみたことがある。

 

そしたら、「あまりよくわからないけど」と言いながら

1番日当たりがいいところは田畑にしてるから、家はどの向きでもいいんじゃないかね、と教えてくれた。

 

それが正解なのかわからないが、私はこの回答に目から鱗だった。家って二の次なのか!という衝撃。

 

言われてみれば、池田町では田畑がのびやかに広がっていて、集落(家たち)は山側や川沿いにまとまっている。

食べることは生きること。豊作を祈って手足を動かして生きていくことが、この町の景色そのものの姿だったのだ。

池田町の農山村的な写真

 

家の日当たり都合しか考えていなかった私は、恥ずかしいような気持ちになった。

 

人間が生きていく上で必要とする食べ物。それを大事にしないで何になるんだ。

そう教えてもらった気がした。

 

これを知って以来、池田町の景色はもっと素敵に映るようになった。

 

生きていくことの本質を、言葉にせずとも伝えている。

 

そんな町は決して多くない。

 

生き物といる安堵

こんな太いミミズ見たことない。

こんなにカエルがいる環境初めて。

トンビってほんとにピーヒョロロロロロって鳴くんだ。

ムカデとヤスデってちがうんだ。

移住して約1年間に起きた生き物関係の出来事は、ほぼ初めて経験したり知ることだらけだった。

 

そんな環境にいて、1番感じることは安心である。

よかった、生き物が生きれる環境に私は今いるんだ、という安心。

 

都市部にいた頃は、これほど多くの生き物を見なかった。

強いて言うなら、夏の灼熱のようなコンクリートの上で干からびたミミズとか、

公園でたむろするハトとかカラスとか。

生物多様性に触れない日々に、こんなの不自然だとも思っていたし、怖さを感じていた。

 

だからこそ、いろんな生き物を目にする日々を送れる池田町での暮らしは心から安心できるのだ。

移住して2週間くらいの当時の私は、日記にこんなことを書いてた。

 

「人間がいる場所で、こんなにもたくさんの生き物が生きれる環境があるって本当に豊かで稀有なことだなぁって思う、それだけで涙出そう」2022年4月13日

季節と暮らし

池田町は、季節の循環の中の必然性と共に暮らしがある。と思う。

 

春は、一斉に芽吹く山菜を採りに行き、雪囲いを外して、野草を摘み、田んぼの準備をし

夏は、野菜収穫して、畳干して、梅とり

秋は、むかごとって、ススキで箒つくって、柿仕事して、雪囲いして

冬は、雪かきして、1年間溜まった室内作業して....

 

季節仕事がとてもある。

これは私にとって大きな喜びであった。

 

池田町に来る前は、季節の変化をぼやっと感じていただけで。

見渡す限りコンクリートで埋められた町に、どうやって根付けばいいのか、わからずに。自然に根ざせないのがあまりにしんどくて。手仕事がない生活をしていて、手が綺麗なままなのも、すごく嫌だったのです。

 

夏に畑仕事を手伝う時に、

「これやったら手がきたなくなるで〜」と言われて

「それを求めて来たんです!何かをして黒ずんでいいし、ごつくなっていい、そういう手がいいんです」って返したら、きょとんとされたものだった。

 

でも、そういう手が、生きてることの証のようで、かっこいいと思ったのだ

 

季節の循環の中に、恵を見つけ、手仕事をしていく。

年間を通して自分が季節との関わりを持っている。

この感覚を取り戻せるのは、農山村の力だと思う。

 

 

ノンフォーマルな楽しさ

池田町の醍醐味は、なんと言ってもノンフォーマルな楽しさだと私は思っている。

ノンフォーマル(Non-formal)な楽しさとは、次の2つの意味において。

①公式HPやインスタグラムなどの情報媒体を見ても、わからないことが山のようにあるということ。

②プログラム化されてなくても、人の繋がりで可能になることが多いこと。

 

情報媒体を見ても、わからないことが山のようにあるとは?

ひょっとすると悪く聞こえてしまうのかもしれないが、力説させて欲しいので少々お付合い願いたい!笑

 

公式HPなどで検索しても、発見できない池田の話をしましょう。

 

 

池田町の雲海の写真
雲海スポットにて(池田町で雲海を見れること自体あまり知られてないようだ)


山道を例にとってみる。

池田町には山へ入っていく道が多くある。

集落Aの山道をいけば集落Dに出るらしいという話も聞いたりする。

こうしたことがわかる、山道マップ的なものは存在しない。

 

次は、池田町で活動する様々なグループだ。

池田町には、書ききれない(私は多分把握しきってない)ほど活動グループが存在する。

白い割烹着さん、下池田グループさん、あざみグループさん、イケダレコードさん、短歌会さん、コーラスしゃくなげさん...etc

こうしたグループを一覧できるようなものもない(多分)

 

他にも、おすすめランニングコースやツーリングコースも公に開発されていないし、雲海スポットも多分公式には出てない。

上記に書いたようなことは全て、私がここへ移住して暮らしながら得た情報だ。

 

公式な情報、あるいは一覧できる情報になってないから、自分で得にいく。

これが、ほんとうに楽しいのだ!!

 

なぜ楽しいのか?

都市部にいた時は、およそ全てパッケージ化されており、

誰かにつくられたサービスを消費する。そんなスタイルが主流だった。

つまり、自分で開拓したり、冒険したりする余地はあまりない。

 

しかし池田町は、逆にパッケージ化されているサービスが多くないため、自分で楽しめる余地がとてもある。

この山道を行けばどこにつながるとか、自分で地図にしてみようか?

こんな活動グループもあったのか!他にはどんなグループがあるのか、人と出会う中で探してみよう。

 

情報媒体にないからこそ、町の探求に主体的になれる。

これは非常に、楽しさをもたらすのだ。

 

パッケージ化するということは多くの人に届きやすいということでもあるが、つくったり探求する楽しみを奪われているとも言える。

フォーマル化されてないからこそ、楽しめるノンフォーマル性。これはもはや絶滅危惧種。

あえて公に、語り尽くさないこと。語り尽くしたくなるところを、あえてやめておくこと。

これは一種のまちづくり戦略になりえるのではないかと思うほどである。

 

炭づくりの写真
暮らしを育めるようになりたいなぁとぼやいてたら、炭づくり教えてあげると声をかけてくださった方がいて、炭づくりをする

 

 

さて、2つ目の意味。

プログラム化されてなくても人の繋がりで可能になることが多いとは?

 

例えば、米農家さんに会ってみたい!そう思った時、多くの場合は米農家さんのサイト等から問い合わせを入れたり、プログラム化された見学会に参加することなどが考えられる。

 

しかし!池田町では、そうしたフォーマル性(公式性)よりも、池田町の誰かにそう伝えて、繋がって実現していくことが多い。

これもすごく楽しい。スピード感もある。

 

ノンフォーマルに様々な人や場所に繋がっていけるから、自分のやりたいことを追い求めていくには最高の環境だ。と思う。

 

 

お友達は0歳から90歳前後

カレーの写真

池田町に来てからの変化。

 

それは、お友達の幅が0歳から90歳前後に広がったこと。

都市部にいた頃は、お友達といえば大体同世代だった。他の世代との密な交流がほぼなかったのである。

 

今日も、昼に80歳過ぎのおじちゃんのところへ遊びに行き、おしゃべりしてカレーを頂いた。

ちなみにこのカレー、クマとイノシシの骨からだしをとったという超激ウマカレーである。

 

移住してすぐのころは、同世代以外の人との喋り方がわからずに、そわそわしていたが、

今では、楽しみ方が少しずつわかるようになってきた。

 

全世代との関わりができる。自分が来た道(子ども時代)から、これから行く道までと、関わりがある。

 

うまく言えないけど、とても自然な姿だよねって思うんです。

 

しかし・・・ディープな福井弁コミュニケーションをとるには、まだまだ未熟なのである。笑

 

 

 

 

池田町暮らし2年目には、どんな池田町が見えてくるのか。

暮らした年数や、年齢、ライフステージに応じてきっと見え方も変わってくるのだろう。

これからもここで暮らしていくことがとっても楽しみだ。

 

どんな池田町が見えてますか、それはどんな風に変わっていきましたか。池田町を知る人に聞いてみたい。

 

最後まで読んで下さり、ありがとうございました:)


まりこ

(本名 川上真理子)

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大都市で24年間をTO DO(したいこと)ファーストで

生きてきて、大学3年の時に自分の在り方の大切さ

に気づく。

 

ご縁がありたまたま出会った池田町での

素朴で等身大な人や自然に惹き付けられ

大学院卒業後、新卒無職で池田に移住。居候ちう。

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現在の活動はこちら👇

 

●池田町見習い人(めざせ何でも屋)

●一般社団法人の立ち上げ手伝い

 

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好きな食べ物)ちんころいも※池田町限定
現在、畑仕事や古民家改修により筋肉強化中。